OPAMP道

毎日暑い日が続いています、久しぶりに夏らしい夏です。水分を多く取って体に気をつけましょう。

さて、今回はAUDIOTRAK社のベストセラー USB-DACヘッドフォンアンプであるDR.DAC2の最高級バージョンであるDR.DAC2 DX TE(Top Editionの略)を斬ってみよう。オーディオ雑誌のレビューでも上位に来ており、その完成されていたスペックと音の良さでは同価格帯でこれを超えるものがまだないだろう。営業トークでいっているのではない、実際自分で使ってみて安定した動作と信頼できる音はリファレンスとなっている。迷った時にDR.DAC2DXでいつも確かめているくらいなのだ。音松のオペアンプ道 第1話でもすでに紹介したが、OPAMPをいろいろと交換できるのも楽しみの一つだ。今回のTEは全部のOPAMPを新日本無線社が渾身の力を込めて開発したMUSESシリーズの量産タイプであるMUSES8920になっている。

5個のOPAMが全部MUSES8920
DR.DAC2 DXは第1話参照

ではMUSES8920にフォーカスを絞って、どこが他のOPAMPと違うのかを調べてみよう。新日本無線株式会社は由緒正しい電気メーカーである。大正4年に設立された日本無線(株)が母体で、 通信機や無線機を作っていた日本を代表するハイテク企業である。1961年に米国のレイセオン社と折半で半導体メーカーとして親会社から独立して新日本無線となって今に至っている。JRCの商標は親子で共通である、これはJAPAN RADIO CORPORATIONの略称である。レイセオン社はオーディオ用OPAMPの元祖であるRC4558を開発している会社であるが、今では半導体はやめてミサイルやレーダーの会社となっている。会社の歴史を語りだすととても紙面が足りないのでこれくらいにして本題に入ろう。

MUSES8920はFET入力の2回路入りで8PINのデュアルインラインパーッケージ(DIP)である。同じようなSPECのOPA2134、バーブラウン(現TI社)と比べてみた。

スペック比較表

ちょっと細かい数字が並んでいるが、要は大きい方が良いか、小さい方が良いかで見てほしい。入力換算ノイズはいわゆるSNに相当するものである、これが小さいほうがノイズは少ない。歪率はもちろん小さいほうがいい。周波数バンド幅は広いほうが高域まで伸びているということである。
オープンループゲインはOPAMP自体の最大増幅率で、これは大きいほうが同じ回路でも負帰還量が 増え、すべてにおいてよい結果となる、よって大きいほうがもちろん良い。スルーレートは瞬時の立ち上がりがどれだけ速いかを示すものでuSec、マイクロセカンド、つまり百万分の1秒で何ボルトまで立ち上がるかであり、大きいほうが速くてよい。入力オフセット電圧や入力バイアス電流は微小な誤差となって出力に現れるので小さいほうがよい.チャンネルセパレーションは2回路入りの2つのOPAMPの分離の良さを表わすもので、お互い干渉しないほうがよいのでこの数字は大きいほうがよい。

よく見るとすべての項目においてすこしMUSE8920が優れている。特にチャンネルセパレーションが良いと新日本無線社はホームページで主張しており、内部チップのレイアウトが効いているようだ。実際のオーディオ機器全体ではLとRのセパレーションは80-90dBくらいなので130dB対150dBでどれだけの違いがあるのか?新日本無線社はMUSESシリーズを電気的特性重視ではなく耳による試聴を繰り返して開発したと言っている。この比較表からはとびぬけたスペックは見えてこないが、どれだけの音の違いになってくるのかが興味深いところだ。

ではいつものように波形を見てみよう。これは-60dBという非常に小さい1Khzのサイン波をPCで作ってUSBでDR.DAC2 DXに入れたものだ。出力はヘッドフォン端子から取って40Ωの負荷オシロスコープで見てみた。-60dBはピアノの打鍵音が静寂の中に消え行くときのような音であるので、ノイズにまみれている。しかしDACの評価にはちょうど良いだろう。左がDR.DAC2 DX、右が今回のDR.DAC2 DX TEである。双方とも違いは見られまい。 今度は1Khz -10dB、さっきよりかなり大きい信号で歪率をくらべてみたが、実機はひずみが小さすぎてこのアジレント社のオーディオアナライザの限界以下であるので同じ値0.0023%となった。 今度は信号の立ち上がり波形を比べてみた。DR.DAC2 DX TEは立ち上がり方がきれいでまた上のオーバーシュートも早く収まっている。これはMUSES8920のスルーレートや各種特性がオリジナルのNE5532より優れているからだろう。なお、波形の平坦な部分の波打っているところはDACのデジタルフィルターの特性である。 ではさっそく聴いてみた。Windows PC、USBで接続して96kHz24bit音源を聴いた。使用したヘッドフォンはSHUREの新製品であるSRH-1840。

第一印象TEは音が爽快だ、音楽がサクサクと進行していく、聴いていてストレスがない。ダイアナクレールのライブインパリはヴォーカルにちょっとハリがあって、バンドのベースもはずんでいる。バックミュージシャンのうめき声やお客さんの反応もよく聞き取れる。オリジナルは特に不満のない再生をするが、細かいニュアンスがちょっと平坦に聴こえるようだ。DACのIV変換やディファレンシャル合成部をNE5532からMUSES8920に変えているのでDAコンバージョンの精度がよくなったのではないだろうか。全体のSN感は同じであるが、なぜかTEのほうが細部まで見通せるのだ。

OPAMPはアナログ半導体の代表選手でありオーディオ以外でも信号を取り扱うほとんどの機器で使われている。見かけは全部同じでもスペックは様々なバリエーションがあり、自動車でたとえるなら軽からカローラ、プリウス、レクサス、さらにポルシェ、フェラーリまである。つまりローコストで使いやすいものから、エコ、ラグジャリー、スポーティー、ハイパーフォマンスとその用途に応じて準備されている。中にはトラック、バスのような力があって荷物の輸送専門もある。それは一つ一つデータシートを読んでみていけばわかるだろう。
また、あの小さいパッケージに何十年という開発の歴史とノウハウが詰まっており、一つの完成された信号増幅モジュールとなっているのだ。よって作れるメーカーは限られている。NEC,日立、三菱はOPAMPを昔作っていたが3社で合体してルネサスとなってデジタルシステムLSIに注力してOPAMPはやめてしまった。システムLSIのほうがハイテクで儲かると思っていたらしいが、今やルネサスは深刻な財務状況となっている。松下やSONYにもOPAMPがあったがそれほど力を入れずにずっと昔に辞めている。OPAMPは今や米国の老舗半導体メーカーの独占場であり、ますます磨きがかかっている。そんな中、新日本無線は唯一の日本メーカーとして頑張っているので、是非もっと力を入れて新製品を開発していって欲しい。
 
米国テキサス州の半導体会社にて長年デジタルAVのLSIの企画開発やマーケティングを担当。はじめて使ったオペアンプはRC4558で、学生時代のエレキギターエフェクターは自作だった。アナログからデジタルまでの幅広い知識と経験を生かし、現在は各種オーディオコンサルティングやアンプの設計製作に専念。ハンドメイドオーディオ工房"オーロラサウンド"所属。趣味はギター演奏。